ここから私が板取にある茅葺き屋根の家を管理することになった訳を書きます。
こんなことを書いたら信じられないかもしれませんが、当初は全く茅葺き屋根の家について興味はありませんでした。
板取に何件か家が残っているのは知っていましたが、そこでどんな暮らしがあったのかさえもあまり関心はありませんでした。
ところがある時板取に行ってその心境が一変しました。
それは屋根が落ちた家を見たからです。
屋根は崩れ落ちて無残な姿をさらけ出していました。
なんとかしないと・・・・・・・。
この状況を見た時「このままでは朽ちてしまう」と思ったのです。
キュ-ちゃんが栃の木峠の麓にある板取に住むことになりました。
住む家は茅葺き屋根の家で囲炉裏があります。
栃の木峠は京と北陸(越の国)を分けていた峠です。
この峠を通る北国街道は柴田勝家が織田信長の居城安土城へ参拝のため改修した道で、ずっと昔のことでした。
2013年5月31日金曜日
2013年5月30日木曜日
看板が出来ました!!
板取の宿は国道に面しているにもかかわらず、見つけ難い位置になっています。
理由とした考えられることは、
1.家屋が道の上にある。
2.道がカーブになっている。
3.大きな木が邪魔になっていて見えにくい。
などが思いつきます。
それで分かりやすくするために看板を作りました。
それがこれです。
越の国と言うのは、今の福井県、石川県、富山県、新潟県を昔は越の国と言っていました。
北国街道(国道365号線)の栃の木峠を通って京から越の国に入りました。
今庄スキー場に入る入口からすこし上ったところに看板を立てました。
ちょっと見難いんですが、この右側に道路があって板取宿に入っていけます。
ガードレールに取り付けました。
理由とした考えられることは、
1.家屋が道の上にある。
2.道がカーブになっている。
3.大きな木が邪魔になっていて見えにくい。
などが思いつきます。
それで分かりやすくするために看板を作りました。
それがこれです。
越の国と言うのは、今の福井県、石川県、富山県、新潟県を昔は越の国と言っていました。
北国街道(国道365号線)の栃の木峠を通って京から越の国に入りました。
今庄スキー場に入る入口からすこし上ったところに看板を立てました。
ちょっと見難いんですが、この右側に道路があって板取宿に入っていけます。
ガードレールに取り付けました。
2013年5月24日金曜日
5月23日の日記
2013年5月5日日曜日
2013年5月3日金曜日
電気が来る!!
今日はお父さんの日記です。
思えば1月22日から今庄教育委員会から板取の家の鍵を預かって、家の掃除やら前の敷地の清掃やら、囲炉裏の火入れを行ってきました。
そして、やっと今日5月2日に一応のめどがついて明日から電気が来ることになりました。
今まで半分以上を費やして剥がした床板や柱を燃やしたりしましたが、それも終わって家の掃除をしていました。
畳を入れて、もらった昭和時代の家具を入れて、訪れる人に寛げる場所を提供することが出来ます。
雪垣を取ったせいか空気が勢いよく家の中に入ってきます。
玄関には靴箱と買い物かご
板の間に置いてあった薪もすっかり無くなって、広いスペースが出来ました。
引き戸の向こうに畳の部屋が二つ出来ました。
思えば1月22日から今庄教育委員会から板取の家の鍵を預かって、家の掃除やら前の敷地の清掃やら、囲炉裏の火入れを行ってきました。
そして、やっと今日5月2日に一応のめどがついて明日から電気が来ることになりました。
今まで半分以上を費やして剥がした床板や柱を燃やしたりしましたが、それも終わって家の掃除をしていました。
畳を入れて、もらった昭和時代の家具を入れて、訪れる人に寛げる場所を提供することが出来ます。
雪垣を取ったせいか空気が勢いよく家の中に入ってきます。
玄関には靴箱と買い物かご
板の間に置いてあった薪もすっかり無くなって、広いスペースが出来ました。
引き戸の向こうに畳の部屋が二つ出来ました。
2013年5月1日水曜日
キューちゃん クレソンを植える!!
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